<花柳界入門>マナーとコツ⑦芸者衆にも「どうぞ」とお酌を

「お姐さんもいかがですか」のひと言を

半玉さん用の小さなお猪口(手前の3つ。小樽・海陽亭)
半玉さん用の小さなお猪口(手前の3つ。小樽・海陽亭)

さまざまな技を駆使し、お座敷をその場に相応しく盛り上げるのが芸者衆の仕事ですが、「お酌」は、踊りや会話と同様、大事なもてなしの手段の一つです。初対面のお客さんと打ち解けるのも、会話の糸口を摑むのも、堅苦しい雰囲気を和らげるのも、まずはタイミングのよいお酌から。まさに芸者衆はお酌のプロといえます。

ベテランの芸者衆は、お銚子を持ちあげたときの重さであとどのくらいお酒が残っているかを正確に把握するといいます。「ごめんなさい、8分目しかないわ」と言いながら注ぐとお猪口にぴったり8分目。「あと2杯分ね」と言うと、ぴったり2杯分。数えきれないほどの回数、お酌をし続けて来た経験から「このお銚子でこの重さなら、お酒の量はこれくらい」と感覚で染みついているのでしょう。残りを確かめようと上から覗いたり、お銚子を振ったりするのは行儀が悪いと先輩から止められたそうです。

昔はすすめられたお酒をいただくのも芸者の仕事のうちでした。「宴会で25人のお客全員にコップ酒で返盃した」など、酒豪の芸者衆のエピソードには事欠きません。飲めない芸者衆もお座敷で鍛えられて、だんだん強くなっていったといいます。小樽の料亭「海陽亭」には、半玉さん(10代半ばの子供の芸者)が帯の中に入れていた一回り小さなお猪口が展示されていました(写真参照)。お客さんにお酒をすすめられたら帯からそっと「myお猪口」を出して受け、飲んだふりをしてそっと手拭いに染み込ませたそうです。

さて、芸者衆はお座敷で料理はいただきませんが、お酒はいただきます。箸は持たないけれど、お銚子とお猪口とグラスは持つわけですね。お座敷でお酌をしていただいたら、タイミングを見て「お姐さんもいかがですか」とすすめてみるとよいでしょう。お酒の好きな芸者衆なら喜んでいただきますし、飲めない芸者衆でも勧めてくれたらうれしいもの。芸者衆と早くうちとけるコツの一つです。

お酌で思い出すのは、平成8年に熊本の花柳界(新町)を取材したときに芸妓の安代姐さんに聞いた話。熊本の芸妓さんにお酒を勧めたとき、「そぎゃん、よかです」(そんな、けっこうです)と言ったら、「本当は欲しい」という意味だそうです。お客さんが言葉どおりに受け取ってお銚子を引っ込めてしまっても、「ちゃんと手が出ますけん、すぐわかりなっとですよ」。つまり言葉とはうらはらにお猪口を持つ手が出ているから、すぐにわかりますよ、と――。

お酌のやりとり一つも明るい話に発展させてしまう。こんな何気ない会話の中にも芸者衆のもてなしの技は隠れています。

©asahara 文章・写真の無断転載禁止