<フィクション>『幻の柳橋』【2章】戦前。柳橋芸者の髪を結う日々。②

芸者影20 2【2】―②

お鯉は、柳橋を渡った両国広小路側の米沢町という江戸時代からの芸者町に住んでおり、いつも朝六時ころ髪を結いにやってきた。士族の出で姿かたちも気風も良く、品のある顔立ちで、二十代ながらいっぱしの芸者の貫禄を持ち合わせていた。

真冬の早朝はまだ暗く、寒さに手先も思うように動かない。鏡の前に座ったお鯉は、ぎこちない手つきで髪をほどく千代子に、「おじょうちゃん、手が冷たいだろ、禿で温めな」と言う。千代子は「はい」と小さな声で返事をし、かじかむ手をお鯉の後頭部の10年玉大の禿に当ててその体温をしばらくの間、奪い取らせてもらうのだった。「温まったかい? それじゃあ頼むよ」の言葉を合図に、千代子は髪を梳き始めた。

お鯉は、自害という壮絶な死に方で千代子の心に強く印象づけられた芸者でもある。 続きを読む <フィクション>『幻の柳橋』【2章】戦前。柳橋芸者の髪を結う日々。②