カテゴリー別アーカイブ: <東京花柳界>取材記

<東京・新橋> 金龍山浅草寺本堂 大提灯「志ん橋」を奉納

●16年ぶり9回目

令和2年4月、東京新橋組合が金龍山浅草寺本堂大提灯「志ん橋」を奉納します。昭和33年から続けており、今年の奉納は16年ぶり9回目とのこと。

東をどりや神楽坂をどりの中止、八王子をどりの延期や三社祭の半年延期など寂しいニュースばかりが届いていた中、久しぶりに明るい話題でした。

以下、東京新橋組合広報事務局より届いたお知らせをそのまま添付します。


幕末に興り、近代化の明治に発展した新橋花柳界。
それを支える東銀座から築地一帯の料亭、茶屋、芸者置屋で構成されているのが
東京新橋組合(東京都中央区銀座)です。
昭和20年3月10日未明の東京大空襲で消失した本堂が、
無事に落成を見た昭和33年(1958年)から、東京新橋組合は、
本堂正面の大提灯を「志ん橋」と揮毫し、これまで8回奉納を続けています。
前回平成16年から16年振りとなる本年、改めて芸の一流を目指し街の繁栄を祈願し、
更に現況の事態終息を願い、大提灯を9回目として奉納いたします
懸吊は4月18日(土)の予定です。

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日頃よりの東京新橋組合、芸者衆と料亭に賜りますお力添えに感謝申し上げます。
コロナ問題の発生以来日々変化する情勢を案じ、
本年5月開催の第96回東をどりも取り止めました。

この度、16年振りに大提灯「志ん橋」を奉納させていただくにあたり、
初回より変わらぬ芸の一流を目指し街の繁栄を祈願することに加え
今は事態の一日も早い終息と皆様方のご健勝を合わせて祈念し、奉納いたします。

東京新橋組合 頭取 岡副真吾
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写真出典:浅草寺公式HP

□概要
本堂大提灯「志ん橋」に、東京新橋組合の料亭8軒、茶屋3軒、芸者46名の名も記し、
9回目の奉納を行います。
これまでの8回の奉納/昭和33年、39年、44年、50年、55年、58年、
平成6年、16年

□金龍山浅草寺本堂大提灯について
浅草寺には、4張の大提灯が掛かっていますが、
一番大きなのが 本堂の「志ん橋」大提灯です。

高さ4.5m、幅3.5m、重さ約600kg。
昭和33年から平成6年の奉納7回までは、右上に“志”を置き “ん”で丸めて髭を伸ばし
“橋”を左に配置する「飾文字」でしたが、
前回の平成16年より、浮世絵師・歌川広重「浮絵浅草寺雷門之図」に描かれている
江戸の昔の文字に立ち返り、江戸文字書家、橘右之吉氏が揮毫した江戸文字
「志ん橋」に替わり、この度も橘右之吉氏の文字を継承しています。
大提灯は、これまで同様、亨保15年(1730年)創業の
京都の高橋堤燈株式会社に依頼し、鳥取県の伝統工芸品である因州和紙を使用し、
色鮮やかに改修していただきました。

<東京・八王子>八王子で明けた2020年花街めぐり

●1月3日……八王子芸妓 新春の宴(八王子セレオ)

八王子セレオ9階のセレオガーデンで、正月恒例の八王子芸妓「新春の宴」が開催。会場の椅子席は満席。母娘とおぼしき年配の女性2人が終了間際にかけつけ、「華やかな芸者さんを一目でも見られて、お正月気分を味わえた」と目を輝かせていた。

●1月5日……八王子芸者衆パネル展(高尾599ミュージアム)*1月31日まで開催。

●1月7日……八王子芸妓・初春の舞(中町公園)

地元鳶によるはしご乗りの後、地中町町会主催の毎年恒例「初春の舞」が中町公園で行われた。寒い中の戸外のイベントにもかかわらず、道路まではみ出る人だかりができた。

©asaharasumi

<東京・新橋> 入門編でも芸は本物「なでしこの踊り」

● 新橋花柳界への、はじめの一歩

2014年に始まり、春夏2回、新橋若手芸者衆の踊りとお座敷遊びを楽しむイベントとして定着した「演舞場発文化を遊ぶ なでしこの踊り」。2019年夏の回で通算11回目を迎えた。

「なでしこの踊り」は、新橋花柳界へのはじめの一歩として最適な機会だ。

誰でも、電話やインターネットで申し込むことができ、特性会席弁当と芸者衆の踊り、お座敷遊び、歓談を含む約2時間をS席12000円、A席10000円で楽しむことができる。写真も動画もOK。約120の席はほぼ毎回満席の人気だ。

*次回「なでしこの踊り2020早春」は、2月27.28.29日、3月1.2日開催。詳細はこちら

特性会席弁当 デザートもつく

登場するのは、これからの新橋花街を担う若手を中心とする4人の芸者衆。最近は芸歴50年、60年を超えるベテランの芸者衆も加わり、新橋芸者の風格と芸にとりくむ姿勢が長い歴史の中で連綿とつながってきたことを感じさせる。

●わかりやすい演目の解説

芸者衆の紹介のあと、芸者衆の役割によって異なる着物や帯、鬘などの違いや、これから踊る演目についてわかりやすく説明をしてくれる。

この解説、日本舞踊や邦楽に興味を持てるように実にわかりやすく工夫されている。聞いているうちに、踊りへの期待が否が応でも高まるのだ。

たとえば、端唄「ステテコ節」は現在でいえばラップだ、との解釈で端唄がグンと身近に感じられる。小唄「さつまさ」はきりっと仇っぽく踊り、同じ小唄でも「からかさ」は愛嬌たっぷりに可愛らしく色っぽく踊る、といった違いを教えられたうえで見ると、「なるほど、たしかに……」と納得できる。日本舞踊や邦楽には難しい印象があるだけに、少しでも理解できただけで得をしたような気になる。

端唄「ステテコ節」を踊る(左から)小花さん、小福さん、小優さん

●22年前の紅緑会の音源で「夕月」を踊る

今回はベテランのあやさんも参加。プログラムのご挨拶には「古株なれど心は若く……」とあり、ユーモアあふれる自己紹介に、親しみを感じてしまう。

あやさんが踊った演目は常磐津「夕月」。「江戸時代、大阪と京都・伏見を結ぶ淀川で、水上交通の要として発展した早舟の船頭を主題とした舞踊です。今では江戸前の風情に移し替え、男方の姿ですっきりと踊ります」(プログラムより)。

常磐津「夕月」を踊るあやさん

そして、三味線や唄の音源はなんと22年前、平成9年の紅緑会*のときの演奏を録音したものだという。たまたま私はこのときの紅緑会を見に行っていた。プログラムを確認すると、確かに東京新橋組合「夕月」の演目があり、立方(踊り手)は、若竜さんとあやさん!だった。しかもこの年の文部大臣奨励賞・邦楽の部を受賞していたのである。その栄えある演奏が22年後に「なでしこの踊り」で復活したのだった。

「なでしこの踊り」は、〝本物〟の芸にわかりやすく触れることのできる貴重な機会だった。

第18回「紅緑会」(平成9年)プログラムより。東京新橋組合の芸者衆

 

第18回「紅緑会」プログラムより
第20回「紅緑会」プログラムより。文部大臣奨励賞邦楽の部を東京新橋組合常磐津「夕月」が受賞

 

*全国花街芸妓合同公演「紅緑会」(こうろくかい)。社団法人日本料理文化振興協会主催。昭和55年(1980 )から平成12年(2000)まで明治座、新橋演舞場、国立劇場などを会場に(昭和59年第5回からは国立劇場)開催された。全国からよりすぐりの12~14花街(平成11年は10花街。平成12年は不詳)が参加し、文部大臣奨励賞ほか表彰も行われた。「紅緑会に出る」ことは芸のレベルを認められた証であり、全国の花街の目標だった。開催されなくなって20年になるが、今でも「◯年の紅緑会に出た」ことを誇りとして語り継ぐ花街は少なくない。

©sumiasahara 文章および写真転載の場合は出典明記のこと。

<東京・浅草>月刊誌『東京人』に浅草おどりの記事を書きました

●「攻めます! 魅せます! 七年ぶりの浅草おどり」
「東京人」2019年11月号126~131ページ
『東京人』2019年11月号(都市出版株式会社発行)

10月25日・26日の「浅草おどり」会場(浅草公会堂)で販売予定。26日は浅原も売り場に立つ予定です。

<東京・新橋>『別冊太陽』に「東をどり」の記事を書きました

「銀座と花街」のエッセイ「東をどりの立役者」

『別冊太陽』2019年5月22日発行 (平凡社)
『別冊太陽』98~99ぺ―ジ

戦後の「東をどり」の大スター、まり千代さんのことを中心に書きました。

*98ページ本文10行目 誤「大正四年」→正「大正一四年」

<東京・新橋> いよいよ第95回「東をどり」開幕。5月23日~26日。

第95回東をどり」は特別だ。なぜなら「第100回」へのカウントダウンのはじまりだからである。

大正14年、新橋演舞場のこけら落としに始まり、戦時中、オイルショック、演舞場の改築中などやむを得ない事情の年を除いて毎年回を重ねてきた新橋花柳界の舞踊公演「東をどり」。令和元年に第95回を迎え、5月23日~26日に開催される。

東京新橋組合・岡副真吾頭取曰く「ついに記念すべき第100回へのカウントダウンが始まった」。そこへ向けての5年間は毎年、内容に趣向を凝らし、第100回にあっと驚く大輪の花火を打ち上げるのだという。――岡副真吾氏は、有言実行の人である。

今年から毎年見続ければ、第100回を何倍にも楽しむことができる。今まで足を運んだことのない人は、今年こそが「東をどりデビュー」に最適な年だといえよう。

 

<東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」➂ 2007年のインタビューより

赤坂芸者・育子さんの「華」②より続く

お座敷をパッと明るく華やかに 赤坂芸者、咲き誇る(赤坂芸者・育子さんに聞く)➂

*「東京六花街 芸者さんに教わる和の心」浅原須美著 2007年ダイヤモンド社発行 より(抜粋。一部修正)
「東京六花街」38~39ページ(右上の写真は2017年に閉店した料亭「口悦」の前で)

●「芸者」は自分を高められる最高の職業

平成18(2006)年10月3日、赤坂をどり第47回公演が9年ぶりに紀尾井ホールで行われた。出し物は、常磐津「松島」、長唄「俄獅子」、フィナーレはおなじみ「艶姿花の賑い」。1,2部各250席の切符は即完売、見番(花柳界の連絡事務所)はひっきりなしに鳴る問合せ電話の対応に追われた。 続きを読む <東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」➂ 2007年のインタビューより

<東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」② 2007年のインタビューより

赤坂芸者・育子さんの「華」➀より続く

お座敷をパッと明るく華やかに 赤坂芸者、咲き誇る(赤坂芸者・育子さんに聞く)②

*「東京六花街 芸者さんに教わる和の心」浅原須美著 2007年ダイヤモンド社発行 より(抜粋。一部修正)
「東京六花街」38~39ページ(赤坂芸者の伝統芸。片肌脱ぎの「奴さんかっぽれ」)

●赤坂はおっちょこちょいの妹。花で言えば、牡丹

かつて、赤坂をどりは4月末から5月初めにかけて、新橋の「東をどり」は5月末(昭和54年以前は4月前半)。春には、東京を代表する二花街の舞踊公演が続けて開催されていた。お客さんも「赤坂が終わったら次は新橋」と両方に足を運ぶことが多かったなか、お互いを意識することはあったのだろうか。 続きを読む <東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」② 2007年のインタビューより

<東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」① 2007年のインタビューより

お座敷をパッと明るく華やかに 赤坂芸者、咲き誇る(赤坂芸者・育子さんに聞く)

*「東京六花街 芸者さんに教わる和の心」浅原須美著 2007年ダイヤモンド社発行 より(抜粋、一部修正)
『東京六花街』46~47ページ

景気よくパアーッと遊びたいお座敷に、育子さんは欠かせない。若い芸者衆を従えて、ソレソレッ!と場を盛り上げる座持ちの良さと、行動力とリーダーシップにかけては右に出る者はない。「過去は振り返らない。前に進むのみ」ときっぱり言い切るところが何とも頼もしい。……が、今日は少しだけ、昔の良き思い出も振り返っていただいた。 続きを読む <東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」① 2007年のインタビューより