<フィクション>『幻の柳橋』【4章】昭和37年。変わっていく町。①

柳橋隅田川【4】―①

「はいはい、お世話さま。またよろしく頼むわね」

と、いつもどおりの言葉を残してドアを開け、狭い路地を行く吉矢の背中をいつもより長く、姿が消えるまで見送った千代子は、久しぶりに河岸っぷちの光景を見たくなった。というより見ておかなければいけないような気がして、奥にいた夫に店を頼み、下駄をつっかけて表に出た。

柳橋花柳界は、隅田川と神田川と江戸通りに囲まれた東西200メートル、南北400メートル足らずの長方形の中にある。 続きを読む <フィクション>『幻の柳橋』【4章】昭和37年。変わっていく町。①