<石川・金沢>もうすぐ「金沢おどり」②。芸妓・峯子さんを想う――お茶目

第12回金沢おどり 2015年9月19日(金)~22日(火)

元気の源はしゃべること・食べることだ、と笑った

にし茶屋街のお茶屋「美音(みね)」
にし茶屋街のお茶屋「美音(みね)」

●人々を惹きつける、飾らない人柄

峯子さんの魅力の一つは、肩書や役職から想像する堅いイメージと、お茶目で飾らない実際の人柄との大きなギャップにある。その素顔を惜しげもなく全国にさらけ出した番組が2011年10月に放映されたNHK「にっぽん紀行『金沢芸妓ふたり』」だ。「一調一管」のコンビ――笛の峯子さんと小鼓の乃莉さん(同じにし茶屋街の芸妓でお茶屋「明月」の女将)が、「金沢おどり」本番に向けて演奏を完成させていく姿を密着取材したドキュメンタリー番組である。ちなみに峯子さんは乃莉さんの7歳上、互いのお茶屋はにし茶屋街の通りを隔てて真正面に向かい合っている。

冒頭、峯子さんがお茶屋の奥から出てきて、ビデオカメラを回すスタッフに向かって、いきなり「牛乳飲む? コーヒー牛乳もあるよ」と話しかける。若い芸妓の着付けを済ませると、再びスタッフに「ねえ、ラーメン食べる? 今注文してあげるね」。そして稽古の場面では、芸妓ふたりがカメラも気にせず本気の喧嘩を始めるのだ。笛のタイミングが「早い!」と言う乃莉さんに、峯子さんが「そんなことない。また要らんこと言って!」とぴしゃり。今度は峯子さんが鼓の入り方に注文をつける。乃莉さんが「ちゃんとしてます!」と突っぱねる。峯子さんがうんざりした顔で「そんなふうに言ったら話にならん。私、いつもあんたに一生懸命合わせとるのに、もっとやさしくなったらどう?」。……この光景、毎度のことらしい。

翌月「美音」を訪れたときに番組のことを話題に出すと、「あれ、見たけ? 喧嘩してたやろ、面白かったやろ! みんなで大笑いしたがや」と、本人がいちばん面白がっているではないか。「すごい反響だったよ。ほら、あそこ」と指差す先の壁には、「12.7%」の数字とともに、今年放映された「にっぽん紀行」の中で最高の視聴率だったことを報じる新聞記事の切り抜きが貼ってあった。

壁に貼ってあった新聞記事(クリックで拡大可)
壁に貼ってあった新聞記事(クリックで拡大可)

芸に妥協しない厳しさと相手への信頼があるからこそ、できる喧嘩。峯子さんがしみじみと、「『一調一管』は乃莉さんとじゃなきゃ、できん。あの子はいさどい(生意気な)子や、そしてはったりのある(根性のある)子や。何か事が起きたときはあの子が前に出て、盾になってくれる。どちらかができなくなったら『一調一管』は終わりや」と言った。ふたりが互いに唯一無二の存在であることに異論を唱える者は誰もいない。

●お菓子であふれ、人の出入りの多い家

最初の取材は撮影も兼ねており2階の座敷を使ったが、2度目以降は主に玄関を入ってすぐ右手の帳場で話を聞いた。冬の寒い時期は「こっちへ来て炬燵にあたりまっし(あたりなさい)」と奥の居間に呼ばれ、夏の昼どきには「お昼まだやろ? そうめん食べまっし」とお勝手でご馳走になり、回数を重ねるごとにプライベート空間に誘われた。

向き合って座り、さあ取材を始めよう……と意気込むと、峯子さんの「何食べる?」のひと言で出鼻をくじかれるのが常だった。よく通る大きな声で「元気の秘訣は食べることとしゃべることや」と笑う。なるほど、帳場にも居間にもいただきものお菓子の箱が山積みだ。「さ、食べまっし」と勧められ、「あ……はい」と手を出す私。一緒にケーキやシュークリームやパンを食べながら、話も少しずつ進んでいくのだが、ふと途切れるとその隙間は、「お汁粉食べるけ?」「あんたまだお腹すかんか? お寿司でもとろうか」と食べものの話で埋められてしまうのだった。

その上、6,7人の芸妓を抱える「美音」は、自らを寂しがりやだという峯子さんでさえ思わず「本当に人が来すぎる家やわ……」とぼやくほど出入りが多く、電話もひっきりなしにかかってくる。そうこうしているうちに時間は過ぎ、峯子さんが壁の掛け時計を見上げて「あんた、何時の電車(で帰る)?」と聞いてきたら、そろそろ打ち切りの合図だ。反射的に腰を上げ、車を呼ぼうする峯子さんを「だいじょうぶです、歩きますから」と制するのだが、「東京の人は、よう歩く」とあきれられ「いいから、乗っていきなさい」と押し切られ、たくさんのお土産を渡されて、「また来てちょうだい」とハイヤーの中へ送り出される。茶屋街を抜け大通りを右折するとき、決まって無意識に、ふーーっと大きく長く息が漏れた。

そんな慌ただしい雰囲気の中で、身の上話は語られた。

(続く)

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