<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➆ 「恨みもしたけどな、お参りは欠かさなかった」

芸者・りんものがたり➅より続く

●両親の命日には、お参りを欠かさなかった

りんは親への非難めいたことを一切口にしなかった。長い年月の間に風化してしまったのか、もともとあまり感じなかったのか――。親を恨んだか、と聞いてみた。

りんは少し考えてから、「……そやな……恨みもしたけどな……。お父さんは死に際に、お前にはずいぶん可哀想な目にさせたな、と言って謝ったよ」とだけ言った。そして、両親の命日にはお参りを欠かさずに生きて来たことを、当たり前のこととして話した。

昭和22年、児童福祉法が公布され、18歳未満の子どもに借金を追わせて働かせることは禁止された。りんのような体験が本人の口から語られる機会は、もうほとんど残っていない。

●見送られるより、見送ることが多かった人生

りんと初めて会った場所は、りんの後輩の元芸者の店だった。夕方から聞き始めた話は予想外に長く続き、りんは途中で「お腹空いたやろ?」と近くの店から親子丼を出前でとってくれた。全国どこに行っても芸者の好物に間違いはない。案の定、ご飯が熱々で、卵のとろけ具合がちょうどよく、とてもおいしかった。

外はすっかり暗くなり、気がつくと20時を回っていた。最終の新幹線で東京に戻るには、すぐに最寄り駅に向かい、電車を乗り継がなければならない。話を聞かせてくれたことと親子丼のお礼を早口で済ませると、急いで店を出た。

まっすぐの道を走る。途中で振り返ると、りんが店の入口に立って見送っている。曲がり角の直前でもう一度振り返った。まだ立っていた。手を振るりんに、私も振り返した。

そういえば今まで取材をした芸者たちは、私が帰るときいつも玄関の外まで出て見送ってくれた。「寒いから(暑いから)、もう中に入ってください」と言っても、にこにこしながらそこに立っている。そして、私の姿が見えなくなるまで動かずにいる。角を曲がる直前に振り返ると、必ずそこには姿があった。

うれしい反面、せつなくもある。芸者たちの人生は、見送られるより見送ることのほうがずっと多かったに違いない、などと考えてしまうからである。(了)

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