<東京・新橋>『別冊太陽』に「東をどり」の記事を書きました

「銀座と花街」のエッセイ「東をどりの立役者」

『別冊太陽』2019年5月22日発行 (平凡社)
『別冊太陽』98~99ぺ―ジ

戦後の「東をどり」の大スター、まり千代さんのことを中心に書きました。

*98ページ本文10行目 誤「大正四年」→正「大正一四年」

<東京・新橋> いよいよ第95回「東をどり」開幕。5月23日~26日。

第95回東をどり」は特別だ。なぜなら「第100回」へのカウントダウンのはじまりだからである。

大正14年、新橋演舞場のこけら落としに始まり、戦時中、オイルショック、演舞場の改築中などやむを得ない事情の年を除いて毎年回を重ねてきた新橋花柳界の舞踊公演「東をどり」。令和元年に第95回を迎え、5月23日~26日に開催される。

東京新橋組合・岡副真吾頭取曰く「ついに記念すべき第100回へのカウントダウンが始まった」。そこへ向けての5年間は毎年、内容に趣向を凝らし、第100回にあっと驚く大輪の花火を打ち上げるのだという。――岡副真吾氏は、有言実行の人である。

今年から毎年見続ければ、第100回を何倍にも楽しむことができる。今まで足を運んだことのない人は、今年こそが「東をどりデビュー」に最適な年だといえよう。

 

<東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」➂ 2007年のインタビューより

赤坂芸者・育子さんの「華」②より続く

お座敷をパッと明るく華やかに 赤坂芸者、咲き誇る(赤坂芸者・育子さんに聞く)➂

*「東京六花街 芸者さんに教わる和の心」浅原須美著 2007年ダイヤモンド社発行 より(抜粋。一部修正)
「東京六花街」38~39ページ(右上の写真は2017年に閉店した料亭「口悦」の前で)

●「芸者」は自分を高められる最高の職業

平成18(2006)年10月3日、赤坂をどり第47回公演が9年ぶりに紀尾井ホールで行われた。出し物は、常磐津「松島」、長唄「俄獅子」、フィナーレはおなじみ「艶姿花の賑い」。1,2部各250席の切符は即完売、見番(花柳界の連絡事務所)はひっきりなしに鳴る問合せ電話の対応に追われた。 続きを読む <東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」➂ 2007年のインタビューより

<東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」② 2007年のインタビューより

赤坂芸者・育子さんの「華」➀より続く

お座敷をパッと明るく華やかに 赤坂芸者、咲き誇る(赤坂芸者・育子さんに聞く)②

*「東京六花街 芸者さんに教わる和の心」浅原須美著 2007年ダイヤモンド社発行 より(抜粋。一部修正)
「東京六花街」38~39ページ(赤坂芸者の伝統芸。片肌脱ぎの「奴さんかっぽれ」)

●赤坂はおっちょこちょいの妹。花で言えば、牡丹

かつて、赤坂をどりは4月末から5月初めにかけて、新橋の「東をどり」は5月末(昭和54年以前は4月前半)。春には、東京を代表する二花街の舞踊公演が続けて開催されていた。お客さんも「赤坂が終わったら次は新橋」と両方に足を運ぶことが多かったなか、お互いを意識することはあったのだろうか。 続きを読む <東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」② 2007年のインタビューより

<東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」① 2007年のインタビューより

お座敷をパッと明るく華やかに 赤坂芸者、咲き誇る(赤坂芸者・育子さんに聞く)

*「東京六花街 芸者さんに教わる和の心」浅原須美著 2007年ダイヤモンド社発行 より(抜粋、一部修正)
『東京六花街』46~47ページ

景気よくパアーッと遊びたいお座敷に、育子さんは欠かせない。若い芸者衆を従えて、ソレソレッ!と場を盛り上げる座持ちの良さと、行動力とリーダーシップにかけては右に出る者はない。「過去は振り返らない。前に進むのみ」ときっぱり言い切るところが何とも頼もしい。……が、今日は少しだけ、昔の良き思い出も振り返っていただいた。 続きを読む <東京・赤坂> 赤坂芸者・育子さんの「華」① 2007年のインタビューより