「X花街」タグアーカイブ

<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➆ 「恨みもしたけどな、お参りは欠かさなかった」

芸者・りんものがたり➅より続く

●両親の命日には、お参りを欠かさなかった

りんは親への非難めいたことを一切口にしなかった。長い年月の間に風化してしまったのか、もともとあまり感じなかったのか――。親を恨んだか、と聞いてみた。

りんは少し考えてから、「……そやな……恨みもしたけどな……。お父さんは死に際に、お前にはずいぶん可哀想な目にさせたな、と言って謝ったよ」とだけ言った。そして、両親の命日にはお参りを欠かさずに生きて来たことを、当たり前のこととして話した。 続きを読む <西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➆ 「恨みもしたけどな、お参りは欠かさなかった」

<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➅ 「楽しんでもくよくよしても、一生は一生や」

芸者・りんものがたり➄より続く

●一生、芸者として生きて行こうと決心した

「長く生きていれば話したくないこともある。不幸まではな……」と多くを口にしなかったことが、かえってりんの経験してきたことの重みを物語る。いっとき旦那さんの世話になったり、結婚話が進みかけたことがあったらしいが、30歳になる少し前に――何が直接のきっかけだったかわからないが、自分は一生、芸者として生きていくと決心したという。

そう決めた以上は、食い外しのないよう生きていく術を身につけなければならない――。 続きを読む <西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➅ 「楽しんでもくよくよしても、一生は一生や」

<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり④ 「ここで生きていかな、しゃーない」

芸者・りんものがたり➂より続く

●唯一、子供らしさを取り戻すとき

たった4人で姉芸者20数人の世話をするのだから、おちょぼは忙しい。三味線を出先の料理屋に運び、お座敷が終わったら置屋に持って帰ってくる、姉芸者の脱いだ着物を畳んで箪笥に収める、足袋などこまごました日用品の買い物、部屋の掃除など仕事は山ほどある。

姉芸者には絶対服従だ。「この畳み方はあかん! やり直し!」と箪笥の引き出しにしまったばかりの着物を引っ張り出されて、床に放り投げられても文句はいえない。 続きを読む <西日本・X花街> 芸者・りんものがたり④ 「ここで生きていかな、しゃーない」

<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➂ 「おいしいご飯を食べさせてもらえるで」

芸者・りんものがたり②より続く

●かつての役割を失っても、建物は残った

X花街の存在は、すぐ近くに有名な花街があるためだろうか、昔からあまり知られていなかった。大正から昭和にかけての全盛期でも「芸妓置屋19軒、芸妓135名」と比較的小規模な花街なのである。しかし2.3分も歩けば回りきれてしまうほどの小さな一画にそれだけの人数の芸者がいたことを想うと、狭さが逆に密度の濃さと活気を想像させる。

昭和40年代半ば以降、芸者の高齢化と減少が一気に進む。昭和62年に置屋5軒、芸妓30人。平成26年に置屋2軒、芸妓3,4人。花街としての活気は失われて久しいが、実はX花街ほど昔の町並を失わずに残している街は全国でも珍しい。明治・大正時代に建てられた町屋が、置屋や料亭をとうの昔に廃業しても外観をほぼそのまま残して静かに並んでいるのである。 続きを読む <西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➂ 「おいしいご飯を食べさせてもらえるで」

<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり② 「昔のことはもう話したくない」

芸者りんものがたり➀より続く

●タイミングが合わず、4年のブランクが

しばらくたってから「覚えていますか? また話を聞かせてください」と手紙を出すと、「X町へぜひ来てください。お待ちしています」と返事が来た。頃合いを見て電話をすると、体調がよくないので暖かくなってからにしてほしいという。 続きを読む <西日本・X花街> 芸者・りんものがたり② 「昔のことはもう話したくない」

<西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➀ 「今度生まれても、また芸者になりたいな」 

●芸者の「芸」の意味を教えてくれた人

花柳界の現実は厳しい。毎晩のようにお座敷がかかり、何軒もの料亭をはしご。帰宅して帯を解けばバラバラとこぼれ落ちるご祝儀袋を拾い上げ、中身も確かめずそのまま神棚へ。たまには休みたいわ……とぼやきながら働きつづけた時代は、せいぜい昭和30年代までだ。 続きを読む <西日本・X花街> 芸者・りんものがたり➀ 「今度生まれても、また芸者になりたいな」