どう振る舞えばお互いに気持ちがいいか、の想像力
二つ目の基本は、この場で同じ時間を過ごすことになった者同士、相手も自分も心地よく過ごすにはどうしたらいいか、想像力を働かせて振る舞うことだと考えています。この場合の「相手」とは、芸者衆だけでなく、他のお客さん、仲居さんなど場を共有するすべての人を指します。
たとえば、大広間で行われる宴会では見知らぬ同士が同席することがよくあります。席に着くとき、隣に先客があれば「今日はよろしくお願いします」とにっこりあいさつをしてから座る。隣の人が後から来たら同じように声をかける――。このたった一言で不思議と初対面の緊張も解けるものです。
芸者衆が近くにいないとき、誰かのグラスが空いているのに気がついたら「ビール、いかがですか」と尋ねたり、タイミングを見計らってひと言ふた言話しかけたりすることで場の雰囲気が和むこともあります。
他のお客さんとことさら話したくない人もいるでしょうから、踏み込みすぎないのは大原則ですが、たまたま同じテーブルで2時間なり3時間なりを過ごすことになったのもご縁。せめて前後左右の人の様子にさりげなく気持ちを向ける余裕を持てるとお互いに気持ちがいいし、場の雰囲気も良くなるのではないかと思うのです。もちろん、芸者衆が側に来てくれたら出しゃばらず、お酌や会話の座持ちはプロに安心してお任せして――。
先日、知人の20代の銀行員(女性)が、「連日のように上司との飲み会があって正直うんざり。どうしたらいつもにこやかにお酒の相手ができるでしょうか」と、ある芸者さんに相談していました。芸歴約20年、中堅どころのその芸者さん曰く、「私たちはどんなお客さまにも楽しんでいただくのが仕事だけれど、正直、苦手なお客さまもいます。あるとき、自分が楽しまなければ相手を楽しませることはできないと気がつきました」。
芸者衆とお客さんの両方が「自分も相手も楽しく」と考えたら、そのお座敷は非常に心地よい、上質の遊び場になるのではないでしょうか。
前に書いた「芸者衆への敬い」と、「相手も自分も心地よく過ごすにはどう振る舞ったらいいかを考える想像力」――。私がお座敷で心得ておきたいと考える具体的なマナーの根本を辿っていくと、すべてがここにたどり着きます。どこの花柳界のどんなお座敷でも忘れずにいたいと思う、二つの銘です。
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