「もてなされる立場」から「もてなしのプロ」を敬う
かつては「一見さんお断り(要紹介)」が当たり前、社会的地位や経済的余裕のある限られた人々の仕事場・社交場・遊び場だった花柳界は、ここ20年ほどの間に大きく様変わりしました。従来の常連客を大事にしながら、女性、若者、観光客などそれまでこの世界に縁のなかった一般の人々にも目を向け、新たな客層に間口を広げはじめたのです。
花柳界情報がインターネット等で盛んに発信され、初心者でも参加しやすい会費制のお座敷遊びの会なども各地の料亭で行われています。今や、その気になれば誰もが、ある程度の深さまで足を踏み入れられる時代。その一方で、身近に花柳界の指南役が見当たらず、マナーの面で不安に思う人も多いのではないでしょうか。
お座敷のマナーは決して難しいものではありません。花柳界ならではの決まり事やお客としてわきまえておきたい心得はいくつかありますが、基本的に二つのことを頭に入れておけば、たいていのことは臨機応変に対応できるはずだと私は考えています。
まず一つは、もっとも大切な「芸者衆に対する敬い」。
芸者衆は、酒席でお客をもてなす接客業であると同時に、伝統芸能の担い手でもあります。日々、邦舞邦楽(日本舞踊、三味線、唄、鳴り物など)のお稽古に精進し、80代90代のベテランでも10代20代の若手でも、「芸者」と名乗る以上、芸事に対する一生懸命さは変わりません。芸者衆は、こうして身につけた芸事をお座敷の中でもてなしの技として生かしています。
しかも、たとえ名取や師範の資格を持ち、邦楽家や舞踊家から一目置かれる存在であっても、お座敷で少しも偉ぶったり澄ましたりすることはありません。相手が初めてのお客でも、若者でも女性でも分け隔てなく気さくに接し、テンポのいい会話で笑わせ、座を盛り上げてくれる――。
このように芸者衆は、芸事や話術や心遣いといった「技」を駆使して、お座敷をその場に相応しい雰囲気に盛り上げ、お客を楽しませる「もてなしのプロ」です。そして芸者衆は日々、その「技」を磨く努力を怠らず、どんなベテランになってもお座敷では常に一歩下がり、お客を立てることに徹する――。私たちもてなされる側のお客は、まず、この「芸者」という仕事のプロ性に対する敬いの気持ちを忘れずにいたいと思うのです。
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