<東京・新橋>変わりゆく花柳界。「なでしこの踊り」➀ 時代の変化の中で

●平成になり、花柳界が門戸を広げ始めた。

私が花柳界に興味を持ち、取材をしはじめた平成7,8年ころ、花柳界はすでに、特定の限られた客層を相手に閉鎖性を売り物にする「一見さんお断り」(要紹介)一色の世界ではなくなりつつあった。たとえば浅草花柳界で「花柳界初体験のお客様に特におすすめのプラン」と銘打った前代未聞の「お座敷入門講座」が始まったのもちょうどそのころだ(*すでに終了)。土曜日の夜限定で、12人以上のグループに対して、芸者衆6名以上がつき、酒肴と飲み物1本つきで税別一人19,800円といういわば〝パックのお座敷遊び〟である。料金を明朗に提示し、芸者衆がお座敷遊びを手取り足取り教えてくれる、という2点において斬新な企画だった。それまで、お座敷のルールは先輩に連れられて恥をかきながら覚えるものだったし、請求書払いが当たり前で〝お得〟といった野暮な金銭感覚の入り込む余地などなかったはずだ。花柳界の長い歴史の中でも、画期的な試みだったのである。

浅草花街お座敷入門講座関係のチラシ(現在は終了しています)

背景には時代の変化がある。花柳界が、待ちの態勢で商売安泰でいられる良き時代は昭和とともに終わっていたのだ。上司から部下へ当たり前のように引き継がれていた「接待は料亭で芸者衆を呼ぶ」習慣が途切れはじめ、客足は遠のき、料亭や芸者衆の廃業に歯止めがきかなくなって久しい。このまま手をこまねていては存続も危うい……との花柳界側の危機意識が、新たな客層を開拓すべく門戸を広げ始めたのだった。

●しかし、新橋だけは少し違っていたのである……

そのころから東京の各花柳界でも、それまでの常連客にはほとんど含まれていなかった女性客、若者、観光客に対象をひろげた各種イベントを行うようになった。誰でも参加できる料亭主催の会費制のお座敷遊びの会、見番(組合事務所)でのお座敷遊び体験、バスツアー、女性客を意識した昼の宴席やお茶菓子つきの踊り鑑賞会などなど。価格は内容次第で数千円~高くて2万円代程度と、お客のニーズや懐具合に合わせてのさまざまなバリエーションが提供されるようになったのである。

浅草見番「悠游亭」2015秋のお座敷遊び より

念のために書き添えておくが、間口を広げ新たな客層を開拓しながらも、昔ながらの常連客を大切にする奥行きの深さは、各料亭とも維持しつづけていた。

こうして平成20年代半ばころには、東京の料亭で「一見さんお断り」を押し通すところは少数派になった。「芸者遊び」「お座敷遊び」は決して手の届かない世界ではなく、その気があれば誰でもある程度は体験できる〝ちょっと特別な非日常〟になったのだ。

花柳界が〝中高年女性の最後の秘境〟といわれた時代はもう過ぎ去った。……かに見えた。

必ずしもそうではなかった。

東京の中でも、新橋花柳界は違っていた。新橋の芸者衆だけは、年に一度の「東をどり」の舞台以外では、そう簡単にその姿に接することのできない高嶺の花だったように思うのだ。

少なくとも平成26年までは……。

(②へ続く)

*第94回東をどり 5月24日(木)~27日(日)一般販売4月中旬予定

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