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<山形・七日町>山形市の誇り。歴史的建造物と芸妓と舞子

120畳の大広間に映える、山形芸妓とやまがた舞子

「のゝ村」広間にて(1996年11月取材。『夫婦で行く花街 花柳界入門』より。撮影・中川カンゴロー)

●1996年(平成8年)、念願の「山形舞子」が誕生した

*1998年(平成10年)発行 拙著『夫婦で行く花街 花柳界入門』(小学館)より抜粋(下線部)

山形市内の花街・七日町は、最近、急に活気づいてきた。

料亭のご主人や財界が中心になって10年間準備を進めてきた「山形舞子」が平成8年6月に誕生したのだ。

6人の「舞子さん」が無事お披露目を果たすことができたのは、小蝶(こちょう)姐さんの指導によるところが大きい。

「私たちが先輩から教わってきた芸の中には『紅花摘み唄』のように山形独特のものもあるんです。そういう伝統的な踊りを舞子さんたちに引き継いでもらいたくて、一生懸命教えました。座り方も知らなかった子が3か月で踊れるようになったんですから、みんな頑張ったんですよ」

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<新潟・古町>行ってきました「新潟をどり」②。お茶と食の楽しみ (2015/6/21)

江戸千家によるお点前と「特製ふるまち花街弁当」

新潟をどり お弁当

●ロビーでお茶席。今年初めての企画が実現

芸者衆の必須ともいえるお稽古の一つに茶道があります。礼儀作法の基本や美しい立ち居振る舞いを身につけるだけでなく、茶の精神を通した「心の修業」の意味合いもあるのでしょう。京都・祇園甲部の「都をどり」や東京・新橋の「東をどり」をはじめ、花街舞踊の会場に芸舞妓・芸者衆によるお点前のお茶席が設けられている光景はよく見かけます。

6月21日(日)に開催された「ふるまち新潟をどり」(以下「新潟をどり」。主催/公益財団法人新潟市芸術文化振興財団 BSN新潟放送。協賛/新潟三業協同組合、新潟芸妓置屋組合、柳都振興㈱。協力/古町花街の会。後援/新潟市)でも、今年初めて、ロビーにお茶席が登場しました。……といってもお茶を点てるのは芸者衆ではなく、芸者衆が日頃お稽古をしている江戸千家のボランティアの方々。お客さんには、「花街とをどり、をどりとお茶、江戸千家について」などの簡単な用語解説を載せた「呈茶のしおり」も配られ、「来場者のみなさんに貴重な日本文化に親しんでいただきたい」との主催者側の思いがよく伝わってきました。(菓子つき一服500円)。

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<新潟・古町>行ってきました「新潟をどり」①。古町花柳界は今、見ごろ (2015/6/21)

ベテラン「お姐さん芸妓」と若手の「柳都さん」、間をつなぐあおいさん

新潟をどり 看板

●古町花柳界が、今とても面白い理由とは

多くの新潟市民は気がついていないかもしれませんが、新潟の花柳界「古町(ふるまち)」は、今、全国的に見ても、また古町の歴史の中でも非常に面白い時期を迎えています。

前の記事でも簡単に触れたように、古町は昭和62年に株式会社形式の芸者置屋を日本で初めて実現させた「社員芸妓発祥の地」です。今から28年前――。この前代未聞の挑戦は大きな話題となり、衰退の危機を感じていた全国の花街が注目。各地から視察に訪れ、山形市、酒田市、清水市(当時)などが古町のシステムを参考に芸者衆を育成する株式会社を設立させたのでした。

新潟お姐さんと柳都さん写真

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<新潟・古町> 「新潟をどり」開催(6/21)と、社員芸妓「柳都さん」のこと。

日本初の「社員芸妓」を定着させた花柳界。「お姐さん芸妓」との融和が見もの

新潟をどり チラシ

●振袖さん、留袖さんが、お姐さん芸妓と共に

新潟(市)の花柳界は、町の名前をとって昔から「古町(ふるまち)」と呼ばれています。私が全国の中でも総合力の高さで注目している花柳界の一つで、20年ほど前から度々取材その他で訪れてきました。

古町の最大の注目ポイントは、日本で初めて〝社員芸妓〟を誕生させ、定着させた花柳界だ、ということです。今から28年前、1987年(昭和62年)に株式会社形式の置屋「柳都振興株式会社」を設立。「柳都(りゅうと)さん」と呼ばれる社員芸妓10名が1期生としてお披露目をしました。

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