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<フィクション>『幻の柳橋』【1章】昭和37年夏。花火が、なくなる。①

 

【1】―①

「そうだ、千代ちゃん、今朝の新聞見たかい?」

週刊誌をめくっていた柳橋芸者の吉矢(きちや)が、何を思い出したのか面長の顔をつと上げ、髪を結う千代子の顔を目の前の大きな鏡ごしに見た。眉間の皺が心なしか深くなっている。

「いえ、今朝はなんだかばたばたしていて読んでおりませんの。何か書いてありました?」

「今年は中止だってさ」

「は?」

「花火だよ、川開きの花火。今年は中止だって書いてあったわよ。交通事情のためだとかって。なんだか寂しいわねえ」

忙しく動き続けていた櫛を持つ千代子の手が、初めて宙で止まった。

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