タグ別アーカイブ: 東日本大震災

<岩手・釜石> 追悼 最後の釜石芸者・艶子さん② 津波が流したもの、運んできたもの

2か月ぶりにお座敷に呼ばれていた、まさにその日の地震
艶子さんが約3か月半過ごし旧釜石一中避難所
艶子さんが約3か月半を過ごした旧釜石一中避難所

2011年3月11日は、2か月ぶりに幸楼のお座敷に呼ばれていた日だった。久しぶりのお座敷がうれしくて、昼前に髪結いを済ませ、近所の小料理屋「火の車」から届いた鯖の味噌煮で軽い腹ごしらえをしようとした矢先の、揺れ。「最初はゆらゆらゆらと弱かった。逃げ場を確保するためにすぐに部屋を飛び出して玄関の戸をを開けた。揺れが止まった、と思ったら、次の揺れは大きかった、ぐらぐらぐら」 続きを読む <岩手・釜石> 追悼 最後の釜石芸者・艶子さん② 津波が流したもの、運んできたもの

<岩手・釜石> 追悼 最後の釜石芸者・艶子さん① 14歳で芸者に。「自分で選んだ道だった」

2016年1月6日、最後の釜石芸者・艶子さん(舞踊名・藤間千雅乃=ふじまちかのさん)が亡くなられた。享年89歳。東日本大震災で家を流され避難所暮らしをする中、国内外のマスコミから注目を浴びることになった艶子さんに、私は八王子芸者めぐみさんとのご縁で出会い、何度か取材の時間をとっていただいた。釜石の避難所で、仮設住宅で、そして東京のホテルで――。昨年、企画中の本に収録しようと書いた文章は結局、陽の目を見ず、私のPCの中に眠ったままだ。追悼の想いをこめて、この場に残したいと思う。

2012年6月 「黒髪」を踊る艶子さん(八王子すゞ香にて)
2012年6月 「黒髪」を踊る艶子さん(八王子すゞ香にて)

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