<北海道・小樽> 小樽最後の芸者・喜久さんを想う➃。「おたるむかし茶屋」で毎晩、何を思う

喜久さんを想う➂より続く

●目にもとまらぬ速さで受話器を取る

「おたるむかし茶屋」(2010年撮影)

喜久さんとは不思議と年賀状のやりとりが続いた。必ずひと言、「たまにはお顔見せてください」「お会いしたいですね」「お立ち寄りください」などと書き添えてある。が、小樽は遠い。

たまに電話をかけると、ベル音が鳴ったか鳴らないかくらいの驚くべき速さで「もしもし」と元気な声が聞こえる。いつかけても、必ずそうだった。「電話に出るの、速いねー」「そお? ひまだからさ」。「お客さんは?」「来なくていいんだ、昔さんざん働いたから」。何度、同じやり取りを繰り返しただろうか。

初対面から11年後の平成22年、再び「おたるむかし茶屋」を訪れるチャンスがやって来た。

店内の様子も、喜久さんの日課も昔とまったく変わっていなかった。店に着くとまず外の看板に明かりを入れる。壁に「スイッチを入れること」と書いた張り紙がしてあるのは、ときどき忘れ、近所の人が心配して様子を見に来てくれるからだという。

動作は以前よりゆっくりになった。「何か持ってくるね」と言って暖簾の奥の御勝手に引っ込むと、どうしたのかと心配になるくらいなかなか出てこない。なのに受話器を取る動作は相変わらず目にも止まらぬ速さだ。その対比がなんともおかしかった。

●ずっとラジオを聞いているのさ……

お客は来ない日のほうが多いという。それでも土曜日も日曜日も休むことなく自宅からバスで通い、夕方5時から夜10時まで店で過ごす。「一人で何してるの?」「ずっとラジオを聞いているのさ、NHK。相撲のある日は相撲、野球のときは野球」。「スポーツが好きなの?」「……まあまあね。何も聞いてないとさびしいからさ」――。それほど好きというわけではないらしい。

都々逸を唄う喜久さん(2010年撮影)

「何かやりましょうか」と三味線を手に取って唄ってくれた都々逸。自分自身の経験と重なることもあったであろう歌詞を、芸者たちはどんな思いで唄うのだろうか。

朝顔は馬鹿な花だよ 根の無い竹に 体まかせてからみつく

昨日夜中にふと目を覚まし あーあよかった あなたと別れた夢を見た

そこへ行くのは蛍じゃないか しのぶ恋路の闇照らす

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喜久さんを想う➄に続く