<石川・金沢> 北陸新幹線開業と金沢茶屋街と、峯子さん

東京から〝わざわざ〟訪れたい金沢茶屋街の魅力。(北國新聞 1月23・24日)

金沢をどり提灯

北陸新幹線開業(3月14日)に向けての「北國新聞」連載記事、「新幹線は文化を運ぶ」に、茶屋街(花街)が二日に渡り取り上げられ、記者さんの取材を受けました。

金沢には、それぞれ少しずつ雰囲気の違う三つの茶屋街――ひがし、にし、主計町(かずえまち)があり、観光地としても人気です。芸妓数は合わせて40数名。若手も多く、格式、華やかさ、将来性、芸事を習う環境、一般の人々が楽しめる企画など総合力において、私が思うに全国でもトップクラス。何度も訪れている花街の一つです。

以下、新聞記事を元に、遠くからでもわざわざ訪れたい金沢茶屋街の魅力を、芸妓峯子さんにも触れながら、解説します。

<1月23日(金)> 北國新聞 34面 花街に恋して① 街並みは全国随一。  近くて遠い「あの金沢

5  金沢西茶屋街通り karui取材では、「金沢の花街は東京から新幹線で行くほどの魅力があるのか」と尋ねられ、「もちろん」と答えました。「茶屋街の街並みとお座敷太鼓」という大きな強みがあるからです(写真は、にし茶屋街)。ちなみに宮藤官九郎さんが脚本を手がけた映画『舞妓Haaaan!!!』は京都の花街が舞台の話ですが、ロケ地として選ばれたのは金沢の茶屋街でした。

「お座敷太鼓」は、金沢のお座敷遊びに欠かせない、昔からの金沢茶屋街名物。直径60㎝ほどの平太鼓と40㎝ほどの締太鼓を、曲目によってリズムを変えて打つ芸で、「金沢おどり」の中でも定番で評判の演目です。かつて(平成9年)、私が取材したひがし茶屋街の芸妓・五月姐さんは、お座敷太鼓のことを次のように生き生きと語っていました。

「宴会のあと、旦那衆が二次会行こうか、言うてお茶屋さんに来たのや。『パーッと散在しよ』言うて太鼓を打つのや。景気づけやね。そやさけ、昔は『散在太鼓』言うたがや」

「よそやと太鼓打つと隣のお客さんが『うるさい』言うて怒るがやて。金沢では、隣が打ちはじめたら負けずにこっちも打つがや」(以上、拙著『夫婦で行く花街 花柳界入門』より引用)

<1月24日(土)> 北國新聞 40面 花街に恋して② 芸の世界を身近に。  金沢おどりが「レール」

金沢おどり 提灯毎年秋(9月)に開催される三茶屋街合同の舞踊公演「金沢おどり」は、一般の人と芸妓文化をつなぐ接点である、との位置づけで記事は書かれています。

私も毎年観賞していますが、照明の具合、小道具・大道具、背景の微妙な色合い、舞台転換の間(ま)、音響の調整など、隅々にまで妥協を許さない完璧な演出には思わず引き込まれます(構成・演出は石川県立音楽堂邦楽監督の駒井邦夫氏)。美しさと華やかさはまるで夢の世界。「芸事はわからないから……」と二の足を踏む人にも、自信をもって勧められるのが「金沢おどり」なのです。

●突然逝ってしまった、にし茶屋街・峯子さんへの想い

庶民の間にも昔から芸事が根づいている金沢には、名人といわれるベテラン芸妓が多いのも魅力です。

とくににし茶屋街の芸妓でお茶屋「美音」の女将・峯子さん(笛)と、同じくお茶屋「明月」の女将・乃莉さん(鼓)の二人で演奏する「一調一管」(笛と鼓だけで行う演奏形式)は、石川県が誇る芸妓の芸術であり、「金沢おどり」の人気演目でした。

私は、峯子さんの芸事に対する意気込みと、お茶目で飾らない人柄の魅力にひかれて、たびたびお茶屋を訪れ、戦前にさかのぼって話を聞かせていただきました。おそらく他の誰よりも多く聞いたであろう峯子さんの芸妓人生を、私が自分の中に抱え、世の中に発信できないまま、今年の春、峯子さんは突然亡くなられました。3月14日、峯子さんが楽しみにしていた新幹線開通のその日のことでした。

数日後、葬儀に参列。棺の中には、東京までの新幹線のチケットが添えられていました。

峯子さんのことは、いずれどこかで書いていきたいと思っています。

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